日本への2発目の原子爆弾が長崎に投下されて81年目の本年8月8~9日、連合高知から6名が長崎平和行動に参加した。
8月8日に行われた「連合2026平和ナガサキ集会」では、被爆者の訴えや長崎大学核兵器廃絶研究センター長の吉田文彦さんの講演に参加者は聞き入った。
被爆者の松本美都恵さんからは、原爆投下直後の様子について「皮膚が溶けてぶら下がった状態の人が、あっちこっちで水を求めてさまよっていた」とふり返った。そして最後に、「こんな惨状を二度と繰り返さないために、若い人は選挙に行ってください」と、いまの政治の行方を案じた訴えがあった。
また、吉田センター長による講演では、「変わる国際秩序と核兵器」をテーマに現在の核兵器を巡る状況が報告された。その中で吉田さんは、核抑止論の矛盾を前提にしながら、「いまの国際情勢をみると、核兵器が使われる可能性が高まっている」として、警鐘を鳴らした。そのうえで、「だからこそ、“核兵器と人類は共存できない”ことを発信し続けることが大事だ」と呼びかけた。
9日には「ピースウォーク」があり、連合高知の6名は、平和公園にある被爆関係のモニュメントを見学しながら、地元ピースガイドの説明を受けた。
ピースウォークの行程には入っていないが、平和公園の外側に「長崎原爆朝鮮人犠牲者 追悼」の碑がひっそりとあった。この碑には「名もなき日本人がささやかな浄財を拠出して、異国の地長崎で悲惨な生涯を閉じた1万余の朝鮮人のために、この追悼碑を建設した」との説明文がついている。だが、この碑を訪れる人は連合のピースウォークは当然ながら、ほとんどいない様子であった。
当時、多くの朝鮮人・中国人が労働力として日本に強制連行されたという歴史事実がある。そのうえ、長崎に強制連行された朝鮮人は、その地で被爆した。そしていま、この事実が歴史の中に埋もれようとしている。まさに「強制連行、被爆、歴史からの忘却」という三重の被害を朝鮮人は受けているとしか思えない。
こうした事実に私たちはもっと目を向けるべきではないか。「埋もれた事実の中に、真実がある」。



